Cinema Africa CINEMA AFRICA Blog

−アフリカが語るアフリカを日本へ−シネマアフリカはアフリカ製アフリカ映画を紹介する
映画祭の企画運営をしている有志団体です。

2010年11月に東京・京橋で映画祭開催決定!
ザンジバル映画祭2010も閉幕

ザンジバル映画祭メイン会場/2006年

先日、ザンジバル国際映画祭が閉幕した。最近とんと行っていないが、石造りの要塞跡で星空の下見る映画や、目の前に広がる広がるインド洋、シーフードの屋台がならぶ映画祭開場前広場など、映画祭といえでかなりホリデームード船に浸れる映画祭である。

そしてザンジバルでの受賞結果。
金のダウ船賞は、南アフリカのTHEMBA。未見でどんな作品かとググったらすでにWeb新聞でカバーされていた。恐るべしケープタウン新聞。
貧しい家に生まれた少年が、苦難・試練を乗り越え国の代表チームに入るまでの物語。ツォツィ風味付けの南アフリカ版キャプテン翼なのか!?ぜひ見て見たい。

パソコン南アフリカに生きるサッカー少年を描く映画「Themba」(ケープタウン新聞)
http://www.capetownnews.jp/2010/07/themba-a-boy-called-hope/
ちなみに「ダウ」とは、インド洋一帯の伝統的な帆船。ザンジバールは、季節風を利用したこのダウ船交易で栄えた港(というか国)であった。

Themba-A boy called Hope

銀のダウIMANIはこないだキガリで見たぞ。監督の Caroline Kamyaは、2006年にもREAL SAHARAWIで金ダウ。そして、覚えているだろうか?2008年のうちの映画祭での『ウガンダのエルビス・プレスリー』『Mrカトー 踊る魔術師』。小品ながらウィットに溢れた作品で好評だった。
今回のIMANIは、初の長編監督作品。元少年兵、ダンサー、家政婦の3人の若者の人生が交わり一つの物語に。音楽・映像の綺麗さが印象的なよくできた作品だと思う。「アフリカのポジティブな面を伝えたい」という監督。日本でけっこう受けるんじゃないでしょうか。

Imani

そして話題のMOTHERLANDが最優秀ドキュメンタリーに!ちまたで垣間見るコメントからは、“怒れる若者”そのものような監督Owen Alik Shahadah氏。ドイツ生まれの(おそらく)エチオピア人。アフリカへの不公正さを告発するとともに、アフリカのすばらしさを声高に語る若き理想人結晶。本作冒頭も、“今から500年後のプロデューサーが語る”というスタンスで、今は誰も(心からは)信じていないアフリカのパワーだが、未来の人間から見ればそれは当然のことだ!!という激しいメッセージか。本編が届くまで予告編でその勢いある雰囲気を楽しむとしよう。
http://www.youtube.com/watch?v=-TAvuO11Zs4

Motherland

そして審査員特別賞にはわれらがプンジが!受賞リスト、もう何ページ分にもなっていそうだなぁ。おめでとうワヌリ監督祝

星主な受賞作品
金のダウ船賞―最優秀長編作品賞
 THEMBA Stefanie Sycholt監督 (南アフリカ)
銀のダウ船賞―優秀長編作品賞
 IMANI Caroline Kamya 監督(ウガンダ)
金のダウ船賞―最優秀東アフリカ新人賞
 NDOTO ZA ELIBIDI Kamau Wa Ndung'u and Nick Reding 監督(ケニア)
金のダウ船賞―最優秀短編作品賞
 THE GIFT by Jill Soong監督(シンガポール)
金のダウ船賞―特別審査員賞
 PUMZI Wanuri Kahiu監督(ケニア)
金のダウ船賞―最優秀ドキュメンタリー賞
 MOTHERLAND Owen Alik Shahadah (イギリス)

星その他受賞作品
VERONA AFRICAN FILM FESTIVAL AWARD
Winner - NDOTO ZA ELIBIDI by Kamau Wa Ndung'u and Nick Reding (Kenya)
SIGNIS AWARDS
Winner - SOUL BOY by Hawa Essuman (Kenya and Germany)
1st Commendation - A STEP INTO DARKNESS by Atil Inac (Turkey)
2 nd Commendation - NDOTO ZA ELIBIDI by Kamau wa Ngungu and Nick Reding (Kenya)
East African Talent Award - MY CITY ON FIRE by Dennis Onen (Uganda)
SEMBENE OUSMANE AWARD
Winner - SHUNGU by Saki Mafundikwa
1ST mention - THE GARDENER AND HIS 21 FLOWERS by Emil Lamgballe and Maria Samota le Dous
2ND mention - NDOTO ZA ELIBIDI by Kamau wa Ngungu and Nick Reding (Kenya)
UNICEF AWARD
Winner - THEMBA by Stefanie Sycholt (South Africa)
CHAIRMAN AWARD
Winner - MY POLICY by Phad Mutumba (Uganda/Canada)
LIFETIME ACHIEVEMENT AWARD
Winner - Professor Jengo
BEST TANZANIAN FILM
Winner - NANI - by Sajni Srivastava
BEST ACTOR/ACTRESS
Winner - YVONNE CHERRY

それにしても来年はザンジバル行きたいなぁ…プシュー

記:yoshida
| cinemaafrica | 海外映画祭情報 | 23:22 | - | - |
WE LOVE JUSTIN!

真剣。会議中!

数々の逸材を輩出したきた!?チーム・シネマアフリカに今年は強力な助っ人が登場した。われらがジャスティンである。日・仏・英・キニャルワンダ語に加えて、熊本弁も流暢に操る彼は、目下留学中の学生さん。

フランス語にめっきり弱いシネマアフリカを救うべくはるばる九州からはせ参じてくれました。通訳、翻訳から事務、力仕事、裏方仕事までを素直な返事と輝く笑顔とで軽々こなしていく王子様ときめき。…お母さん、どうやったらこういう息子に育てられるんでしょうか?

が、実は少々心配も。語学力は折り紙つきだけどステージの上で話すのは緊張するもの。ベナン大使のスピーチの仏語→日本語通訳を頼んだものの、いざという時のヘルプを側で待機させた方がいいのか?などと余計な心配をしつつ、でも実際は、忙しくてすっかり忘れて本番へ突入。ハハハ。



司会として隣に立ちつつ、ドキドキしつつ横目で見ていると、大使との息もピッタリで、歯切れの良い日本語で堂々とした通訳ぶり、おお!心配の熊本訛り(失礼)もでていないよう。ふと客席を見ると、ほとんどのお客さんの目がジャスティンに釘付け見るになっている!すっかりお客さんを虜にしてしまったジャスティン。スピーチ終了後には、なんと握手を求めてくるお客さんも。

そして2日間の上映会後には、うちのスタッフもみなジャスティンLoveラブに。その日本語の流暢さ、日本への馴染み具合に、短期間で人はこうも成長するのかと、スタッフ一同に与えた衝撃は大きい。高校教員をするあるスタッフは「うちの生徒に彼の話を聞かせてやりたい!」と鼻息が荒い。方々で思いもよらぬ刺激&効果を与えているジャスティン君である。

…ジャスティン、秋の映画祭もヨロシクっ!


受付仲間たち


あちこちからラブコール



打ち上げ


記:yoshida
| cinemaafrica | ボランティア | 23:55 | - | - |
ボランティアのちから


ちょっと前の話だけれど、今年の上映会も無事終了
終了後すぐに渡航準備に入ってしまい、上映会の様子も簡単に報告しただけで飛び立ってしまった困惑 スミマセン。

6月の上映会はしかし、ボランティアのちからをことさらに実感したイベントだった。上映までの準備はもちろん、なかなか大変なのが会場運営。広い会場のどこに人を配置し、観客の動きをどうさばくか、展示はどうするかに加えて、VIP接遇やパーティ準備、通訳など仕事は多種多様山盛り。

ことしは特に、新しく参加した人が多く、イベント前に会ったのは1,2回という人がほとんど。求める最終形態だけ説明してあとはヨロシクグッドと、どこかへ消えてしまう私に我慢強く付き合い、中間のプロセスは自分たちで何とかかんとか工夫し、最終的には辻褄が合うどころかお釣りがきそうな状態にしてくれる本当にamazingな人々。

もちろん中核となる人々は数年間いっしょに経験を積んできた仲間で頭脳だ。加えて、うちのボランティアは社会経験が豊富な人が多いのが長所かもしれない。年齢でいえば30、40代に加えて50代も活躍。社会のあちこちで荒波をかいくぐってきた即戦力ばかり。20代でも活動経験が豊富なのチャキチャキ派ばかり。大量の人の捌き方から、事務、金銭管理、パーティ準備、ロジ、映像記録、通訳、上品な物腰まで、ありとあらゆるスキルを持ち寄ってくるのだ。

会期中は私自身が眉根を釣り上げてテンパっており、なかなかゆっくり話すこともできないけれど、本当は、みんなの一挙一動をちらちらと見ては、一人心の中で感嘆しております。気色悪がられるから言っていませんが、ほんとはみんなにI LOVE YOU!とキス抱擁して回りたいところです。秋までまた一緒にがんばろう!

★写真でみるボランティア2010★

センスが勝負の展示班


体力も大事かも


作戦会議中。女の園だなぁ


段ボールからアンケート回収箱が



一日バーテンダー。文教大学学生にもお手伝いいただきました


細々備品は手作りで


すわ!緊急事態!?


意外なところで打ち合わせしたことも

記:yoshida
| cinemaafrica | ボランティア | 23:54 | - | - |
Lokua Kanza in Kigali

映画祭Closing Nightでのライブ!


観客は総立ちに!

景気の良いキガリにはいろんなスターがやってくる。映画祭自体はどこもかしこも厳しい財政状況の中で運営されておりここも例外ではない。が、国の大規模イベントと連動しているせいか、ゲストは映画祭の規模以上に豪華な顔ぶれが。昨年はハリウッドからの俳優のダニー・グローバー、今回はアフロ・ポップのビッグネーム、ロクア・カンザびっくりがルワンダ映画祭クロージングナイトにライブ開催というなんとも贅沢な幕引き。

コンゴリーズだけど、いわゆるリンガラ音楽ではない。聞けばわかるのだ。まずはこれを聞いてみて欲しい。ファースト・アルバムからの一押し(私的に)。恐ろしいことにiTunes soreでも買えてしまい、金欠病の今、クリックしそうになる右手を必死に押さえている(でも既に10回くらい手が滑ってしまったムニョムニョ)。

映画祭も終わりの数日間は、ロクア一行が到着し華やかな雰囲気。一行やルースたちと過ごす思い出深い日々に。気さくなバンドメンバーたちもさることながら、ロクア本人が何と言っても強烈な印象で忘れられない。私の狭い人生経験の中で比較してもしょうがないが、あんな人は初めて、である。

何と言ったらいいのか、会話していても言葉を通じて話しているのではなく、気と気でやり取りをしているような、そしてこちらの心は全て見透かされているような…。初対面ではマジでびびって、冷や汗冷や汗がでてきたのである。…ミュージシャンというより凄腕のシャーマンにでも対面したような。それ以来、私の幻覚(!?)はやむことなく、曲を聴いていても、人が歌っているのではなく、魂が歌っているような気がしてならない。あ、でも決して怖い人じゃなくて、とても気さくないい人なのです。

そして帰国後、bioを見て見たら、さらに興味が。以下、英文bioよりつまみ訳である。…しかし、ああ、もっとキガリでいろいろ聞いておくんだった!
…でも、日本にもまた行きたい、いや行くっ!と言っていたので、来日ツアーを楽しみに待つことにしよう。ほんとに来てね!
公式サイト
http://www.lokua-kanza.com/index_fr.html


<ロクア・カンザ>
 1958年、コンゴ民主共和国(かつてのザイール)のブカブ生まれ。父親はコンゴのモンゴ出身の船長、母親はルワンダ出身。1964年に家族でキンシャサへ移り中流クラス地区に住んでいたが、6歳の時に父親が亡くなり、貧民街へ。幼いながらに8人兄弟の長男として家族を養うために働かざるを得なくなる。学校へは常時通えず、教会で歌うなどして日銭を稼いだが、その時から音楽的才能は際だっていた。思春期になるとルンバ・バンドに参加し、後にキンシャサ音楽学校へ。1980年、22歳の時、コンゴの歌姫アベティのバンドに参加し、認められ、アフリカ音楽界に本格的に入っていく。
 1981年にはコートジボワールのアビジャンに移住し、ギタリスト、ホテル付きバンドのシンガーなどをし、1984年にヨーロッパ行きがかなう。84年から88年にレイ・レマと働き、91年からはマヌ・ディバンゴと働いたことがチャンスをもたらす。いわゆるリンガラとは異なるユニークな音楽は、パリジャン達に愛された。92年にはファースト・アルバムをレコーディングをしたが、友人から借金をし、ささやかなスタジオで夜間に一人で数日間で行ったものだった。93年には、アルバム発売前にも関わらず、パリのAuditorium des Hallesでコンサート開催。93年10月にファースト・アルバム『ロクア・カンザ』が発売。当時のもう一人の革命的シンガーイスマエル・ローとならぶほど革命的な音楽であった。94年にはマヌ・ディバンゴのコンサートに出演したがそれを聞いたユッスー・ンドールから彼のアルバムWomatで歌うように依頼が舞い込む。
 93/94年のヨーロッパ、日本、北米を回る長いツアーの後に、ニューヨークでユッスー・ンドゥールに再会し、それ以来、フランス外でも名を知られるように。94年夏には、パパ・ウェンバのアルバム『Emotions』に参加し、成功をおさめる。94年12月には、African Music AwardsでBest African Album賞を受ける。その後、95年の『ワピ・ヨ』や02年の『トイェビ・テ』などがヒットし、ワールド・ミュージックのビッグ・ネームとなる。2004年にはリチャード・ボナ、ジェラルド・トトとの『トト・ボナ・ロクア』を発売。最新作は『ンコロ』。


映画祭×ロクア・カンザライブのポスター


聴き入る場内


ライブ後は押すな押すなの写真撮影大会


あっちでもこっちでも


右手には映画祭カタログが

記:yoshida
| cinemaafrica | その他 | 22:51 | - | - |
ルワンダ映画祭2010無事閉幕

KEZARELLAを監督したFionahと、センターのJack&Pierre

ルワンダ映画祭が無事に終了した。クロージング・ナイトの上映作品は、横浜でも6月にやった『PUMZIプンジ』とケニアからの『SOUL BOY』。

この閉会式に向けて現地事務局では『プンジ』のワヌリ監督を招こうと試みており、私もナイロビで会ったばかりなので監督に働きかけたりしてみたのだが残念ながら叶わず。協賛は取れていたのに実際の手続きが遅々として進まずに、公式招待がなかなか出せず結果として監督とのスケジュール調整が難航するという非常にやるせない出来事であった。

日本でも協賛を集めるのは難しい仕事だが、いったん決まってしまえば、実際の手続きが難航するということはほとんどない。そのあたり、アフリカでの開催は本当に並々ならぬ苦労やフラストレーションがあるに違いない。よく6年も映画祭を継続しかつ拡大してきたものだ。私だったらとっくに憤死しているかもしれない撃沈

そして、内容はともかく運営にはあちこちから不満がだされるフェスパコはそれを40年続けてきたのだ。大陸各地で映画人たちが奮闘し、憤慨もし、ブチ切れ、闘いつづけて今日の各地の映画祭ブームがあるわけだ。遠く離れた東京にて、私もこの苦闘の末席に連ならせてもらうのは光栄であるイヒヒ

そして、閉会式。
受賞結果は以下のようになった。授賞式では、Kezarella以外は代理人が賞を受け取り、ケニアからの女優ルースもSOUL BOY代理として授賞式に参加。写真を撮ってあげたら「自分の映画で受取りたかったわ」と。そりゃそうだ。
そして、ルワンダ映画賞はルワンダ版シンデレラのKEZARELL。授賞式に臨んだのは若き女性監督Fionah。スピーチでは冒頭から感涙にむせび、何を言っているのかわからないほどの号泣スピーチ悲しい悲しい悲しい。あまりの大泣きっぷりに観客がみんなが幼子を見守る母のような気持ちになってしまい、会場中がなごやかな空気に包まれた一瞬だった。こういう若者を育てる雰囲気はルワンダ映画祭ならではとっても好き。
しかして、音楽を通して公民権運動を語ったBEST DOCUのSOUNDTRACK〜は秀逸。よくこの作品をもってこれたなと思ったら、エグゼクティブプロデューサーがダニー・グローバー。昨年のルワンダ映画祭ゲストである。そして一連のUSA製映画は、アメリカ大使館がパッケージでもってきたそうだ。かつてフランス文化センターでやっていたこともあるこの映画祭をアメリカがマーキング!?なんてねモゴモゴ

星BEST FEATURE FILM(最優秀賞長編映画賞)
"SOUL BOY" BY HAWA ESSUMAN(GHANA-KENYA)


星BEST DOCUMENTARY(最優秀ドキュメンタリー賞)
"SOUNDTRACK FOR A REVOLUTION" BY BILL GUTTENTAG & DAN STURNMAN(USA)


星BEST HILLYWOOD FILM(最優秀ルワンダ映画賞)
"KEZALELLA" BY FIONAH MUKUNDENTE(RWANDA)

※Still photoがないので受賞スピーチ写真にて。涙の小休止。後ろのおじさんは直前の号泣っぷりに好奇心が隠せない様子…

ところで、昨年の授賞式では、最優秀賞は「シルバーバック(←ボスゴリラをこう呼ぶ)賞」だったが、今年はゴリラのゴの字もでてこなかった。ん?あれは一年限りの特別賞だったのか!?

★写真で閉会式★
 
司会も板についているピエール。若干二十歳そこそことは思えない


SOUNDTRACK〜代理受賞。拍手がやんや。



主催者Kabera氏の閉会の辞


今年は閉会式もセレナホテル

そして、無事閉幕おめでとう。みんな、2週間の長きにわたりお疲れ様でした拍手

記:yoshida
| cinemaafrica | 海外映画祭情報 | 23:55 | - | - |
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